「挑戦者たちの声」シバンス・スペシャル対談企画! 

 

 

こんにちは!関野です。
今回お届けするのは、インド発のフリーペーパー「シバンス」のスペシャル企画、「挑戦者たちの声」です!(2016年の記事になります。)

Jリーグチェアマンの村井さん、そしてともにインドで挑戦する柳さんと一緒に対談をしました。
ジャンルはそれぞれ違いますが、インドという地で挑戦する方々、言うなれば「戦友」とお話でき、いい刺激になりました。

みなさんが「挑戦」をどのように捉え、どのような挑戦に取り組んでいらっしゃるのか、ぜひご一読下さい!

 

 

自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ


柴田:今日はみなさん、お集まりいただき、ありがとうございます。関野さんのお声がけで日本からはJリーグチェアマンの村井さんにもお越しいただき、またデリーNCR地域では知らない人はいない「IROHA」オーナーの柳さんも一緒に、「新しいことに挑戦する」ということについて話をできればと思っています。よろしくお願いします。

一同:よろしくお願いします。

柴田:早速ですが、柳さんを知らない人はいないですよね。今「IROHA」の拡張を進められているということですが、そのことについてお聞かせいただけますか?

柳:はい、そうなんです。現在のキッチンスペースでは手狭になってきてしまったので、30坪のキッチンを増床しています。ただ、相変わらずなんですが、2か月経つのになかなか電気も引けなくて、改めてインドの難しさを感じます。


関野:
それがインドですよね。全てがなかなかスムーズにいかない。でもそれがいい。


柳:
日本は予定調和で物事がうまくいきます。ここはあさっての方向から飛んできます。次に何がくるのか、来たものに対応する。ダンスを踊るようにしていないとやっていけない。日本では僕はわりと大人しいがここではスイッチが入っていないとやっていけない。


柴田:
主体性が求められますよね。待っていては何も進まない。自分でどんどんアクションしていかないと何も始まりません。いい意味で厚かましく、どんどん主張していくことで、確実に事業は前に進んでいくと思います。


関野:
私が好きな言葉に「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」というリクルート創業者の江副さんの言葉があります。まさに自分で機会を創り出していかないといけない環境です。


柳:
ところで村井さんはどのような経緯でリクルートからJリーグのチェアマンという機会を創られたのですか?


村井:
僕はチェアマン5代目で、クラブの社長やサッカー日本代表経験者ではない人がなったのは初めてです。リクルートでは転職支援をやっていました。リクルートのCSR活動の一つとしてサッカー選手のセカンドキャリアを支援させていただいていました。Jリーグとの関わりが深くなってきたときに、Jリーグがリーグをよりよくしていくために、サッカーの世界の中だけで議論していると世界が狭くなるからということで、最初はJリーグの社外役員としてお声がけいただき、就任させていただきました。
私は当時リクルートの人間でしたので好き勝手に言えました(笑)。「Jリーグはこうあるべきだ」などと偉そうに言っていたら、だったらやってみろと。ちょうどリクルートの退職を決めていたこともあり、新しい挑戦をしてみようと思い、お受けしました。


柴田:
関野さんはインドに駐在されて、一度帰国されてますが、またインドに自ら機会を創られてこられましたね。どのような経緯だったんですか?


関野:
私はインド人が大好きで毎日インド人と試行錯誤しながら、仕事を進めるのが楽しいんです。ワクワクドキドキするんです(笑)。
インドという地をしんどいと思うとずっとそうしか思えない。仕事の報酬が仕事として戻って来る環境が本当に楽しいですし、そのような環境で挑戦できると思うと、とてもワクワクしています。


村井:
関野くんはちょうど私がリクルートの海外法人の社長をやってたときに、社内公募で応募してきたんです。でも一回目は私が面接で落としたんです。それでも二回目の募集でまた応募してきて、二回目は自らその機会を勝ち取りました。
リクルートのインド法人初の日本人駐在員として、リクルートインドの成長を支えてくれたのは関野くんでした。まぁ、声はでかいし、明るいし、そしてリスクを積極的にとる。その姿勢が新しい挑戦のチャンスを手にしてきてるんだと思いますよ。


柴田:
挑戦するというのは、自ら機会を創り出すことであり、それで成長していった結果、また新たな挑戦の舞台がやってくるようなサイクルがあるんでしょうね。

 

 

挑戦し続ける中でみえてくるもの


柴田:村井さんはJリーグチェアマンの二期目に入られたということですが、これまでを振り返られては村井さんの挑戦の進捗はいかがでしょうか?


村井:
まだ2年なのでまだまだこれからです。先日、オーストリアと10か国目のパートナーシップ契約を結びました。アジアとの交流に力を入れています。
現在アジア各国でJリーグの中継が観られる観れるようになってきましたし、人材交流も盛んになってきています。Jリーグは約20年を超える歴史があり、現在は全国に53クラブがあります。給料の未払いや遅配、八百長がなく、スタジアムに家族でいけるということを話をすると他の国の人たちはとても驚きます。安心、安全というキーワードは日本の誇れる一つかもしれないですね。


関野:
キャリア支援という切り口から、Jリーグをみたときに、村井さんはどのように選手のセカンドキャリアなど考えてこられてますか?


村井:
サッカー選手は物事を客観的にとらえサイエンスする力を持っています。相手をビデオやデータで徹底的に観察することは、企業でいうマーケティング活動に似ています。また、リーダーシップやコミュニケーション能力などビジネスマンにとって必要な資質はたくさん持っていますが、まだまだその力を社会で翻訳して社会で活用する工夫が必要だがあると思っています。そのサポートは引き続きJリーグとしてもやっていきたいと考えています。


柴田:
柳さんは「IROHA」を通じてこれまでさまざまな挑戦をされてきてますが、ご苦労などもあったんじゃないでしょうか?


柳:
日本で不動産屋をやっている私が全く畑の違うスイーツ屋をインドで始めるという挑戦をしてるのですが、やはり日本人の方々の応援がその挑戦を支えてくれています。
実はオープンを一緒に考え、実行してきたシェフが開店後半年ほどで辞めてしまいました。正直その彼がいるからできたことだったのに、彼がいなくなってしまうとどうやって続けていけばいいのか途方に暮れていましたが、そういうときに二日に一回のペースで通ってくれるお客様や作業着をきたまま来店いただき、嬉しそうにショーケースを見ながら、語り合っているおじさま達をみているとこれはやめられないと思いました。お金では変えられない価値をインドの挑戦から学ばせていただいています。


村井:
味はインド人向けに合わせてるんですか?それとも日本人向けですか?


柳:
味は日本人向けです。繊細な甘さを楽しんでもらいたい。インド人も富裕層を中心に買ってきてくれています。
ただ、やはりまだまだローカルの方には受け入れてもらえるまではいってないと思っていまして、そのためにはうちのインド人スタッフが日本人パティシエから技術を学び、それを元に自分たちで日本とインドのハイブリッドなスイーツを開発してくれるようになればと思っています。30坪のキッチンの増床はそのチャレンジの第一歩でもあるんです。


柴田:
教育が大事なのですね。教育という観点でいえば、関野さんの人材マーケットは常に話題になるテーマですよね。


関野:
そうですね。マネジメントの観点からみるとインド人は個人主義で彼らの評価は最終結果です。
日本はチームプレーを評価します。そこで、ハイブリッドを目指しました。チームでも個人でも成果にこだわることです。まずはチーム意識を持ってもらうために、朝礼を始めました。必ず9:30に集まるということを義務付け、徹底しました。それにより少しずつですが、チームというものを意識してもらうようになってきます。


柳:
うちにおいては最初インド人スタッフは掃除をしませんでした。
調理で使った器具や場所を掃除することをしないんです。もちろんそれはこちらの文化の影響もあるのですが、私たちはそれはよくないと考え、率先して私たちが掃除をしました。日本人パティシエがずっとやっていると少しずつ彼らも掃除をするようになっていきました。


関野:
率先垂範という言葉を大事にしています。えらくなればなるほどやる。上になればなるほど嫌な仕事をやる。
誰よりも遅くまで仕事をやることで、インド人もついてきてくれるようになりました。


柴田:
挑戦し続けるからこそ、みえてくるものやことがあるんですね。

 

 

挑戦し続けます


柴田:最後に今後の挑戦についてうかがっていきたいのですが、村井さんはいかがでしょうか?


村井:
世界では、国連加盟国よりもFIFA加盟国のほうが多く、サッカーは世界へつながるスポーツです。ワールドカップやクラブワールドカップがありますね。
就任1ヶ月か月の時、あるスタジアムで人種差別的な横断幕の掲示がありました。前月までリクルートでアジア各国に会社を作り続けていたので、世界につながるスポーツで人種差別があることにのに強い違和感を覚えました。

逆に、私はサッカー自体が人種差別をなくすというメッセージを伝えていくことができるとも考えています。JリーグとしてはFIFAやAFCと連携し、人種差別をなくしていく活動にこれからも積極的に関わっていきたいと思っています。また、Jリーグには38都道府県に53クラブがあります。高齢化が進む地方都市ですが、Jリーグは隔週でホームゲームを開催するやるので、県外からも若者がたくさん来ます。

地方創生と口だけで言うのではなく、リアルに人が動くののはサッカーのいいところです。ナショナルで言うと地域密着、グローバルで言うと世界とつながっていく国際交流をどんどんサポートしていきたいです。タイのプロリーグでは日本人が60人程活躍しています。水戸ホーリーホックにもベトナムのメッシと呼ばれるグエン・コン・フオン選手がやってきた。このように国際交流がものすごく進んでいます。将来的にはインドもパートナーシップを結ぶ機会があれば是非検討したいですね。


柳:
クオリティで勝負をしていきたいです。見た目や雰囲気も大事ですが、味での勝負です。まだまだ富裕層の方を中心としていますが、ローカルの人々に受け入れられるようなスイーツやパンの商品開発をもっと進めます。

ヒントになった出来事が、以前ある学校より「ドラえもんが食べているどら焼きを子供たちが食べたいと言っているので作って欲しい」というリクエストをもらいました。ただ、あんこはあまり受け入れられにくということで日本風のチョコカスタードを中に入れたどら焼きをつくって提供しました。大変好評でした。試行錯誤を繰り返しながら、インドマーケットに受け入れられるブランドつくりを進めたいと思っています。


関野:
人材紹介会社も同じですね。クオリティというのが何かはなかなか難しいのですが、私にとっては「スピード」「ヒアリング力」「提案力」だと思ってます。
すでに多くの人材紹介会社がインドの市場にはおりますが、この3つを重視し、徹底的にクライアントに向きあっていけば、必ずクライアントは私たちと仕事をしてくれると信じています。またもっともっとインドで挑戦する人を増やしたいですね。そのためには先ほどの話ではないですが、自らがその背中を見せて、挑戦し続けて、事業を成長させたいと思ってます。その背中をみて、私も!と手を挙げてくれる人をサポートしていきたいと思っています。


柴田:
皆さんの話を聞きながら、立場や役割は違えど、自ら目標を設定し、挑戦し続けている人として自分もまだまだ精進する必要があるなと感じました。本日はどうもありがとうございました。またぜひ一緒に語り合える日を楽しみにしております。