「自分の声に素直に、人生を歩んでいこう」会社員からNamah Shivaya Yoga代表へ 真鍋 文さんインタビュー 

みなさんこんにちは。Miraist Woman 編集長の大角です。

 

今年もインド最大の光の祭典Diwaliのシーズンが終わりました。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

 

本日のMiraist Womanのゲストは真鍋 文さんです。

 

あやさんは現在、アメリカのダラス、ボストン、インドのニューデリーとグルガオンに拠点を持つインターナショナルヨーガ・スクール:ナマシヴァーヤ・ヨーガのデリー校グルガオン校の主宰、ヨガ講師として活躍されています。

20代半ば、自分らしい生き方を模索している時に、2010年ヨーガ修行の旅でインドに向かい、そこからあやさんとヨガの本格的な関わりがスタートしました。

インドの現地採用しての就業経験もあるあやさんは、どのような形でインドに巡り合ったのでしょうか。

 

 

大角:あやさん、本日はよろしくお願いいたします。

あやさんがインドに巡り合うまで、どんなストーリーがあったか教えていただきたいのですが、小さな頃はどんな子供だったか教えてもらってもいいでしょうか。

 

 

真鍋:とても元気な子だったと思います。真面目で、学級委員長とかもやっていたので、先生からも気に入られるような子でした。弟が2個下にいるのですが、人見知りする子だったのでよく弟の面倒を見ていました。

 

 

大角:小さな頃の夢はなにかありましたか。

 

 

真鍋:人の面倒を見るのが好きだったので、幼稚園の先生になりたいと思っていました。自分の身近な大人の方が先生だったので、先生が魅力的な職業でした。

でも、何かすごくなりたいものがあるというわけではありませんでしたね。

 

 

大角:幼少期に、海外や英語に触れるきっかけというのはあったのでしょうか。

 

 

真鍋:いとこが帰国子女だったため、海外を飛び回っている人がたくさん周りにいました。祖父の家に親戚が集まると、皆が流暢な英語を話していました。母も早くから英語を教えたいと思っていたらしく、小学生の頃からアルファベットを教えてくれたり、祖父も英語の本を買ってくれました。そのため漠然と「いつか英語をやらないといけないな」と思っていました。

大きな変化があったのは、高校生の時です。母が突然「ニューヨークに行こう」と言って、私と2人のニューヨーク旅行を夏休みに準備してくれたのです。ちょうど、9.11の1ヶ月前のことでした。母は昔から「私を早く海外に連れて行ってあげたい」という思いを持っていたため、母のおかげで高校生の時にそれが実現しました。

 

その時の思い出はすごく鮮明に覚えているのですが、マクドナルドでたったコーヒー一つ注文するだけでも、すごく大変だったんです。

「コーヒー」という発音は全然通じず、私が困っていても、次々人が流れてきて、お会計でアタフタしていました・・ネイティブの英語の世界って、こんなにも違うんだと感じました。この時に、英語をもっと頑張らなきゃ!と痛感しました。

 

同時に、すごく素敵な思い出もたくさんあります。

パーティーに行くためにドレスを着て出かけた時のことです。普段しない格好で少しドキドキしていたのですが、知らないアメリカ人が「You are beautiful !!」って褒めてくれたのです。見知らぬ人からさらっと言われた一言にすごく感動しました。ストレートに思ったことを堂々と伝えるという文化って素敵だな、と思いました。

アメリカに行って初めて見た世界はすごく印象深くて「いつかまたアメリカに戻ってきたいな」とすごく強く思いました。

 

 

 

大角:高校時代はどんな風に過ごしていましたか。

 

 

 

真鍋:高校時代は、すごく勉強を頑張っていました。部活にも幽霊部員でしたし、テスト前には、私のノートが友達の中で飛ぶように売れていった感じ(笑)定期テストが終わってからもまたすぐ勉強を始めるような子でした。

こんなに頑張っていたのは、高校受験で落ちたという苦い経験が過去にあって、その体験がバネになりました。中学の時はもっと早く勉強しておけばよかったという後悔があったので、高校に入ったらすぐに自分で目標を立てて、ひたすら勉強していました。

 

大学時代 交換留学制度を利用し、アメリカへ

その努力が実り、あやさんは大阪大学法学部に入学。当時は大学の交換留学制度を使い、アメリカへの渡米を決意します。

 

真鍋:法学部に入ったのですが、弁護士になることはイメージがつかず、大学では留学のための勉強を集中してやっていました。阪大の交換留学プログラムは寮の費用等、全部大学側で負担してくれたのでとても助かりました。私の渡航先はテキサスになりました。

 

英語の勉強はもともとしていましたが、授業はすごく苦労しました。アメリカの大学生は競争心が強くみんな良い成績を修めることに必死です。英語が流暢でない私にとっては近寄りづらく感じました。わからないことがあっても、初めのうちはなかなか人に聞いたりできませんでした。

 

当時の思い出で「パブリック・スピーキング」という授業を選択したことが印象に残っております。

これは「大衆の前でプレゼンテーションをする授業」で、慣れない英語を人前で使うことは本当に簡単ではなかったのですが「ここでやらなきゃいつやるんだ」と自分を鼓舞させて思い切って授業を取りました。

実際、アメリカ人さえも私と同じようにスピーチには苦手意識を持っていることがわかり「自分だけじゃないんだ」と少し安心しました。自分がプレゼンをしている姿を動画で撮影して見直したり、練習も本番も大変でしたが、それでも先生や友達が応援してくれたことで、度胸がつきました。

 

そんなアメリカでの貴重な経験も通じ、私は「これからの人生をどうやって生きていこう」と真剣に考えるようになりました。

 

3回生になり、日本の友達は就活を始めたのですが、アメリカの友達は休学して好きなことを追求している人も大勢おり「卒業したらすぐに就職すべきだ」という日本の制度が少し窮屈に感じたりし始めました。

そのときに何かの結論を出したわけではなかったのですが、4回生になり一度日本に帰国してから、再度留学生向けの就職活動でボストンへ。日本での就活のタイミングもほとんど終わっており、海外へ出たかったので海外で就職活動をしました。

 

そして、そのときにご縁を頂いたSonyに就職することが決まったのです。

 

新卒でSonyへ入社。海外マーケティングを担当し、充実する日々

 

真鍋:Sonyはとてもいい会社でした。新人のはじめのころから、ヨーロッパのマーケティングの仕事を中心に、やりがいの大きい仕事を任せていただきました。当時はかなり久々の新人採用だったらしく、すごくかわいがってもらいました。

毎日充実していたのですが、1年半たった頃に、さらに経験を積むため子会社に出向に。環境が変わったことがきっかけで「このままでいいのかな」と考えることが少し多くなりました。

 

確かに仕事も十分楽しくかなり忙しい日々を過ごしていましたが、情熱を注いで本当にやりたいことかどうかはわからない。私は、本当は何がしたいのだろう…「自分の人生を、これからどうやって生きていこう」と自分に問うようになっていました。MBA取ろうかな。それとも、留学に行こうかな…。いろいろ考えたのですが、なかなか決められませんでした。

 

そんなときに、友達が「ヨガの先生が向いてるんじゃない?」と声をかけてくれたのがきっかけで、少しかじっていたヨガに関心を持ち始めました。まだ20代の半ばだし、長い人生だから一度すべて辞めて、リセットしたいという気持ちがこみ上げてきました。

 

 

大角:Sonyでグローバルな仕事を担当していて、環境的にはすごく恵まれているように見えますが、迷う部分もあったのでしょうか。

 

 

 

真鍋:海外の仕事をしたいという夢も叶っていましたが、何か欠けているものがありました。

マーケティングの仕事は特に数字での達成度を表すことが大切で、そのために海外や日本の部署の人たちと一丸となって策を立て、やり切るということを行っていました。それ自体はとても楽しく、英語も使える仕事のなので夢のような環境だったと思います。

でもふと振り返った時に、どんなに頑張っても心の中に満たされない何かがありました。考えているうちに、本当は「もっと別な好きなことで海外で働きたい」という思いに気づいたのです。

 

ちょっと話は変わり、実は会社に入社してすぐに、インドに旅行へ行きました。当時はベリーダンスを習っていて、先生にインドをすすめられ、友達とジャイプールやアーグラに観光に行きました。

その年の年末に2回目のインド旅行へ。この時は1人でヨガ道場で特訓するために、ケララに行ったのですが、当時はヨガのシンプルな生活スタイルや素朴な食事に体がついていかず、途中で道場を離れてビーチに移動し、カウントダウンパーティーに参加して過ごしたりしていました(笑)

そんな馴染めなかった経験もあり、はじめはインドに対して、文化の違いも大きく『大変そう』というイメージがありました。

 

ヨガを学ぶにはインドもよかったのですが、インドへの大変そうな印象と、以前から思い描いていた「アメリカで生活したい」という夢にも挑戦したく、また、アメリカでの留学経験上、体系的に物事を習えるというのがわかっていたので、3年勤めた会社を退職し、アメリカへヨガの修業に行きました。

 

アメリカでのヨガの生活。アヤさんが学んだこと

アメリカに渡ったあやさんは、ヨガの資格を習得し、ボランティアスタッフとして生徒にヨガを教えたり、ベジタリアン料理を作ったり、ヨガセンターの運営をお手伝いしながら、アメリカでのヨガ三昧の日々を過ごしていました。

 

真鍋:アメリカに来てからはあまり先のことを気にせず、とにかくゆっくりヨガの実践に専念しました。

ヨガでは「見返りを期待せず、与えられるものをそのまま受け入れ、ただ実践することのみに集中しなさい」という教えがあります。

自分の身体が一つの筒のようになっていて、何事も自分が全てコントロールして行うのではなく、自分という筒に上から水が流れていくイメージです。その水の流れを変えたり、止めたりしようとはせず、流れるまま、自分がその時やるべきことをただやるということです。

私はヨガの考え方を学んでから、シンプルに人生を考えるようになりました。今の自分に求められていることを、1つずつ実践していくことに集中しました。実際に、ヨガ三昧の生活をする中で、心身がかなり鍛えられていきました。

 

ある時瞑想中に、以前はハードルが高く遠ざかっていたインドが急に魅力的なものとして見えてきました。考えてみれば、英語圏で英語は使えますし、ヨガ発祥の地でもあり、直観的に何か良いことが待っているという気がしてきました。

 

ヨガの活動を通じ、次第に「アメリカで生活したい」という思いから、自然と「インドで働きたい」という想いが強くなってきました。そこで1年ほどのヨガの活動を終え、日本からインドの就職先を探すことにしました。

 

 

ライフスタイルにあったインド就職を実現したい

 

真鍋:2013年、日本に戻り、インドの就職活動をしました。

この時、私が重要にした視点は「自分のやりたいこともやりながら、働く」というスタイルを実現かどうかということ。就職活動の時点で「私はインドでヨガを教える活動も続けたい」ということを、会社の人に伝えました。

新たに始まるインドの生活では、ライフワークバランスを築いていきたいと考えました。面接でこのようなことを伝えるのはお勧めできることではないかもしれませんが、正直に伝えて自分の考えと合う会社を見つけることもすごく重要です。

幸い、私が就職した会社の上司は私の思いを理解してくださいました。自分の生き方を応援してくれる方はすごく貴重です。もちろん仕事は精一杯行いました。

仕事内容に関しては、過去の経験を活かせるもので、インド人と関わることが多い仕事を選びました。入った会社は製造業でしたが、お客様がインド企業・インド人だったので、インドのメンバーに囲まれて仕事をする環境がありました。

 

 

 

インドで就業していたときに起こった転機は、デング熱にかかったときでした。

症状は重症で、近くの病院に通っても1週間改善せず、輸血が必要な状況に。顔は腫れて身体がやせ細り、大型病院に入院しました。

この1週間は何も食べらずに、身体はかなり弱っていましたが、「自分は大丈夫だ」という確信がありました。幸い、輸血はせずに済み、無事に退院できた頃には、身体の中に溜まっていた毒が浄化された感じがして、心身ともにすっきりしました。

そんな状態のときに助けてくれたインド人の女性がいて、退院直後、体力が落ちている私を自宅に引き取り、栄養のあるご飯を作ってくれ、身の回りのことも全て面倒を見てくれました。

 

その一連のできごとで、親はすごく心配し、日本に帰ってきなさいと言われたのですが、日本に戻る話もうまく決められず、やっぱり私はせっかく来た『インド』の地でやりたいことをやろうと強く思ったのです。助けてくれたインド人にも、すごく感謝を感じていましたし、何かこの地に恩返しをしたいと強く思っていました。

 

私は、この出来事を通じいろんな気持ちの整理がつき「インドの地で、やりたいこと=ヨガを伝える仕事で独立する」と強く決心をしました。

人生とは不思議で「これをやる」と決断すると、自然と自分の周りに、必要な人が現れたり、必要な環境が整ったりするものです。「自分が決めること」これが一番重要なのだと感じました。この決断をした直後に、いまのパートナーに出会いました。

 

 

インドで独立 ヨガ講師として新たな生活のスタート

2016年5月に退職後、インドでヨガのスクールを立ち上げます。アメリカのダラス、ボストン、インドのニューデリーとグルガオンに拠点を持つインターナショナルヨーガ・スクール:ナマシヴァーヤ・ヨーガを主宰し、ヨガ講師として活躍されています。

 

真鍋「自分は何のために生まれてきたのか。何のためにインドに来る道を選んだのか」「一生その仕事をやりたいかどうか」という基準で考えたときに、私にとっては「ヨガ」そのものが人生で、ヨガから学んだことを伝えていくということが自分にとっての最大の喜びであり、使命だと感じました。独立して、一日の全てをそれに注いでいこうと思ったのです。

 

 

大角:実際に独立をしてどうでしょうか。

 

 

真鍋:毎日がすごく楽しいです!ヨガのクラスに通われる生徒さんが熱心に取り組み、身体の調子が良くなった!と伝えてくれる時には本当に嬉しいです。

 

またヨガクラスだけではなくて、スクールとして運営しているので、ヨガの先生になる人を育てる「ティーチャートレーニング」という全世界で通用するヨガの資格プログラムを行っています。

これからヨガの先生になりたい方々に、ヨガの英知を伝えていくという大切な役割を担っています。ヨガの哲学を深く議論し合う中で、受講生自らが人生の大切なことに気づき、心身ともに変わっていかれる姿を見ると、とても嬉しいです。私もヨガによって人生がすごく良い方向に変わったので、誇りを持ってこの仕事に取り組んでいます。そして、私も日々ヨガを学び続けています。

 

また、これまでの社会人経験のすべてが、ヨガのスクールを運営する上で活きています。Sony時代のマーケティングスキルや、インドで働いていたときのインド人とのコミュニケーションなど。

2017年9月にはグルガオンにもスクールをオープンします。さらに多くの人々にヨガを広めていきたいですし、今後全世界ご縁のある土地に足を運び、ヨガの学びを伝えられたらすごく幸せです。

 

 

大角:もともとあやさんも、お仕事をすごく頑張っていたと思いますが、現代の働く女性もついつい頑張り過ぎてしまったり、疲れやすい環境にいるのかなと思います。そんな私達でも、ヨガの考え方を取り入れることは可能でしょうか。

 

 

真鍋:ヨガの考えを取り入れて、意地を張ったり、無理をしすぎたりすることはしなくなりました。「Do More」ではなく、「Do Less」という考えです。「もう少しできる」というところで止めておくこと。ヨガのポーズも「頑張って頑張って伸ばす」ではなく、いかに「快適に、楽にできるか」を探っていきます。

その時に、自分の体や心に目を向けることができます。余裕がなくなってしまうと、周りのことはもちろん自分の本来の姿も見失ってしまうことがあります。ぜひ参考にしてみてもらえるとうれしいです。

 

日本人女性へのメッセージ

 

大角:最後に、日本にいる日本人女性に向けてメッセージをもらえますでしょうか。

 

真鍋:自分の心の声を聞こうとしてみてほしいです。

具体的に自分がどうありたいのかを思い描くことが大切です。なかなかいろんな声が邪魔して、自分の本音が聞こえないものですが、実はこうしたいのではないか?という自分の声を聞いた時、勇気を出して一歩踏み出してみてください。

思っていることと、やっていることや状況が一致しない時期もありますが、信念を持っていれば、道は開いていくはずです。一人ではなくて、支えてくれる人や仲間もきっと現れます。人それぞれの人生の歩み方がありますから、道がなければ道を作る!というくらいのつもりで先を心配せずに、伸びやかに人生を歩んでいけたらいいと思います。

インドという国は雄大で、多様で面白くて、人生の様々な学びが待っています。ぜひ頑張ってください!

 

 

真鍋文さんのスクールはこちら

ナマシヴァーヤ・ヨーガ

〜ヨーガと瞑想のインターナショナル・スクール〜

www.nsyoga.net

 

編集後記

以前から取材のお約束をさせていただいており、ようやく実現したあやさんとのインタビュー。子供の頃は学級委員をやっていた気質や、学生時代は勉強漬けだったことも、私とあやさんは被ることが多く、あやさんの歩みにたくさん共感ポイントがありました。

何度も自問自答をしながら「ヨガ」という生き方にたどり着いたあやさんは、自分の信念にまっすぐに生きていて、とても生き生きした様子が伝わってきました。

「思っていることと、やっていることや状況が一致しない時期もありますが、信念を持っていれば、道は開いていくはず」

個人的にはこのあやさんのメッセージが強く印象に残っています。今、悩むことがある人も、自分の心の声に正直に、自分の選択を積み重ねていってほしいなと思います。

あやさん、お忙しいところお時間いただいてありがとうございました!!