「スキルを生かし、海外で働くことの大切さ」インド転職した佐野遥香さん インタビュー


みなさんこんにちは。

Miraist Woman編集長の大角です。

 

この記事がUPされる頃、私はインドに来て8ヶ月目を迎えることになります。あっという間に、1年目をむかえそうですね。

インド赴任2日目から、毎日ブログを1記事書いているのですが、そのブログより人気が高いのがMiraist Womanです。

毎回色々な反響をいただけて、私のインドでの好きな活動のうちの一つです。この活動を通じ、これからどんな素敵な日本人女性とお会い出来るのかなと、私自身が一番楽しみにさせていただいております。

今回ゲストで登場していただくのは、佐野遥香さんです。

佐野さんは、まだ新卒2年目の24歳。「こんな若い子でもインドで働いているんだ…」と驚かれた方もいるのではないでしょうか。昨年の8月に渡航し、インドで働いています。

インタビューの依頼をした時「まだ悩むことも多く、私でいいのかなという不安もありますが、それでもよろしければぜひお願いします」と、とても謙虚な回答をいただきました。

そんな等身大の佐野さんの言葉にも、日本に届けられるメッセージは十分にあると思い、今回インタビューにご協力いただきました。

 

大角:はるかさん、今日はよろしくお願いいたします。

 

佐野さん:こんな素敵なホテル、今まで来たことがなかったのですごくびっくりしています。

 

大角:私がデリーでお気に入りのホテルのうちの一つなんです。内装がとても華やかなので、今日はこの会場を選んでみました。インドの5つ星ホテルは、泊まるとそれなりに金額がかかりますが、カフェだったらリーズナブルな値段で使えるんですよ。土日の気分転換にオススメです。

大角:はるかさんは、小さいときから海外志向があったのですか?

 

佐野さん:それが全くありませんでした。

小さいときは、とてもとてもおとなしい子でした。幼稚園の頃に親の転勤があり、新しい幼稚園に馴染むのにとても苦労したことを覚えています。引っ込み思案だったのだと思います。

小学生になっても、変わらずおとなしい子でした。性格としては、とても真面目で、そして意外と負けず嫌いでした。

目立った特技はなかったのですが、ある日一生懸命勉強したテストの結果がよく、先生がみんなの前で褒めてくれることがありました。その時に「努力をすれば、何事も結果が出るんだ」と感じ、それからは人の倍頑張って、結果を出す人になろうと思いました。

 

大角:すごく頑張りやさんだったのですね。学級委員とかやっていましたか。

 

佐野さん:中学生の時は、クラスの推薦で学級委員をやっていました。私が特別何かできたわけではないのですが「野さんが学級委員になったことでクラスがよくなった」と言ってもらえたことがあり、すごく嬉しかったことを覚えています。

 

大角:あまり表向きではなくても、周りからの信頼感は強かったんですね。自分が推薦されたきっかけや理由って、思い浮かびますか。

 

佐野さん:今思うと、いじめをやっている子に対する正義感というのが、強かったと思っています。

昔、私が幼稚園に転入した時、クラスに馴染めなくて辛い時期があったのです。その経験もあって、小学生の時は、いじめられている子を見ていると「自分がされているような気持ち」になり、実際にいじめをしている子に、強気に「やめて!」と発言していたこともありました。一人ぼっちでいる子を見ると、昔の自分を見ているみたいで、周りにはいろいろ配慮している部分がありました。

 

大角:そのはるかさんの姿勢が大きな信頼感を生んだのですね。

 

将来は「国際関係」か「環境」に関する仕事につきたい。

佐野さん:中学の時は英語が大嫌いだったのですが、たまたまESSに見学に行くがきっかけがあり、そのまま参加することになりました。外国の先生と一緒に、英語でゲームしたり話をしたり…

印象的だったのが、先生の「日本人の黒髪がすごく羨ましい。なのに日本人はなぜ髪の毛を染めるのかわからない」という一言でした。

私は黒髪がコンプレックスだったのですが、先生は私の黒髪を褒めてくれたのです。その経験で、国が違えば価値観も異なるということを感じました。先生の視点はとても興味深く、その頃から国際関係の仕事に興味を持つようになりました。

 

大角:そこで海外への関心が芽生えたのですね。

 

佐野さん:他には、環境問題にも興味がありました。環境破壊から起こる戦争や貧困問題…。さまざまな社会問題について「どうしたらいいか」と議論することが好きでした。日常とのつながりは薄いけど、世界ではさまざまな問題が起こっていることに、すごく関心がありました。

高校から大学の進路選択では「国際関係」か「環境」の仕事につきたいという思いが有りました。

 

大角:結果、どちらを選んだのでしょうか。

 

佐野さん:それが…選べませんでした(笑)

そこで国際関係と環境の両方が学べる学部・学科を選び、京都大学を受験することにしました。高校2年生から受験に向けて勉強をしていたのですが、多分勉強のしすぎで、当時の記憶は殆どありません…。

結果は、3点足りなくて不合格だったんです。受験した学科が特殊で、選択科目にも偏りが有り、後期受験できる大学がすごく限られていました。最終的に、名古屋市立大学の経済学部に入学することになりました。

 

喪失感の中でも「変わりたい」と思った。

大角:大学での生活はどうでしたか。

 

佐野さん:初めは、少しショックだった事もありました。大学受験に向けて勉強ばかりやってきた私は、それを抜いたら何も残らないような気がしました。経済学じたいは楽しかったのですが、本来自分がやりたかった学問ではないことに、多少なりとも思うことはありました。

今まで「頑張ったら必ず結果はついてくる」という考えでしたが、このとき「頑張ってもできないことってあるんだな」と、どこかで感じた部分がありました。

…そんな自信を失っていた時期に、それでも「変わりたい」と思ったんですね。

そこで海外インターンシップ事業を運営する学生団体AIESECに入り、実際に自分もスタディーツアーに参加することにしました。

 

初めて行った海外は、大学1年の夏、インドネシアのホームステイでした。

当時お世話になったインドネシアのファミリーは、お父さんが亡くなって1年もたたない家族でした。

そんな大変な時期に来てしまい、私は「ここにいてもいいのかな」という気持ちだったのですが「いてくれるだけでいいよ」と温かくむかえてくれたファミリーに、すごく感動したことを覚えています。「私はいてもいいんだ…」当時受験が終わって喪失感もあった私にとって、それは救われるような言葉でした。

帰国してからは、興味があった国連機関の仕事を調べ、どういうステップを踏めば国連機関に勤められるか調べました。

 

大角自分の進んだ道で方法を模索する、ということはとても大切なことですよね。

 

佐野さん:国連機関で活躍されている方は、青年海外協力隊からのキャリアパスを踏む人が多かったので、私は活動見学ツアーに参加し、現場を見てみたいと思いました。実際に行ったのがバングラディシュです。ちょうど大学2年生の春頃でした。

そこで活躍されている青年海外協力隊の人々は、現地の人と同じ目線で活動を実施していました。国際協力というと「恵まれている先進国の私達が発展途上国を支援する」という視点になりがちですが、常に現地と同じ感覚で活動することはすごく重要だと考えます。私も「地元の人の中で同じ目線に立って行動出来る人」を目指しています。

2年の夏にはNPOのインターンとして、ガーナに行く機会もありました。ガーナで出会った21歳の男の子は、フランス語の通訳になりたいという夢を持っていたのですが、教育を受けられず、お金もなく、働くしか方法がありませんでした。

彼は朝起きると、いつも仕事の前にフランス語の教科書を開いていたんです。仕事をしながらも、自分の夢は諦めたくない…そんな彼の姿勢に、心を打たれました。制度の整っていない途上国では、能力があっても教育にたどり着けない子がたくさんいるんですね。

インドネシアやガーナのエピソードはとても印象に残っています。2つとも、日本よりは貧しい国かもしれませんが、たくさんの気づきをもらえた経験です。

 

他にもオーストラリア(9ヶ月)やイタリア(3ヶ月)での国際機関インターン等、大学時代は多くの海外経験を積んだ佐野さん。そんな中で佐野さんが一番興味を持った学問が「開発学」という学問だったといいます。

 

佐野さん:開発学とは発展途上国の貧困解消の方法や、国家間の開発援助政策を研究する学問です。「経済」と「政治」の2面から事象を分析していきます。「政治」の分野ではNGO、NPO、民間企業がどのように問題を解決していくかということを、実際の事例を用いて検証します。

経済の政策というのは時代によって異なり、自由経済が推奨される時期、社会主義の時代、いろんな流れがありますが、今後はどのように経済が変わっていくか考えます。

私はこの学問を学んでいるときがすごく楽しくて、今後の人生においても、仕事を選んでいく上で軸にしたい考え方だなと思いました。

 

大角:大学では様々な経験を積まれた佐野さんですが、自分の考え方や性格に変化はありましたか。

 

佐野さん:基本的におとなしい性格は変わらないと思います。以前と大きく変わったのは「この人はどこどこの国の人だから…」というステレオタイプがなくなったことですね。

就職先はNPOにするか企業にするか悩んだのですが、世の中に付加価値の高いものを生み出す能力はすごく大事ですし、NPOの人からも「まずは社会に出て働くことが大事」と言われ、企業にはいりました。

分野は「福祉」で、障害者の方の社会復帰を支援する仕事をしていました。

新卒4ヶ月でインドへ。そのきっかけとは。

大角:4月入社で、8月にはインドに来ていたのですね。その4ヶ月で、なにがあったのでしょうか。

 

佐野さん:当時勤めていた日本の企業のインド支社があったのですが、そこから「インドで働きませんか」というお誘いがあったのです。声がかかった新卒は私しかいませんでした。私はTOEICの点数が良かったこともあり、候補者に入っていたのです。

何度かオファーをいただいているうちに「若いうちに途上国で働いてみたい」という思いも出てきて、考えるようになりました。まだ始まったばかりの福祉の仕事と、インドで働けるチャンス、どっちを取ろうかなと…。

そこで友人に相談したのですが「福祉の業界のことを知ってる人は多いけど、インドで働ける人は少ないよ。新しい世界に挑戦することは、自分の知っている世界をもっと広げてくれると思うよ」というアドバイスを貰って、

自分の中で、インドで働く決意ができ、実際にインドに渡ることになりました。

 

インドでの仕事は「失敗」からのスタートだった。

大角:実際にインドで就業をスタートして、どうでしたか。

 

佐野さん:正直に話すと、最初の仕事はすごく辛いことばかりでした。インドの不動産に関する営業の仕事だったのですが、営業の経験もなく、不動産の知識もなかったので、0からのスタートでした。

代表のインド人から出されるノルマと、自分の実績が全然追いつかなくて。自分なりには、勉強もして、必死に頑張ったつもりだったのですが、成績が出ずに申し訳ない気持ちになりました。

 

大角:新卒で、インドで営業…きっと大変なことも多かったですよね。

 

佐野さん:営業の成績結果が出なくて、私自身も営業の仕事が怖くなってしまいました。今年に入って、この会社での不動産サービスそのものが終了することになり、私の営業の仕事も一旦区切りがついたのですが「このサービスがなくなったのも、私のせいなのかなと」ネガティブに考えてしまうこともありました。

 

大角:お仕事にしっかり責任を持って取り組まれていたんですね。

 

佐野さん:当時の自分は、思考がネガティブになっていました。

でも、私のことを支えてくれる日本人の友達はたくさんいました。私は合唱のサークルに入っているのですが、友達に仕事のことを相談すると「話を聞くよ」と、親身になって心配してくれました。

インドはいろいろなことが日本とは違うので、皆で悩みを共有しあい、助け合って生きている気がします。自分が弱っていたときは、そんな友人の温かさをすごく感じました。

支えてくれる友達の存在もあり「もう一度、インドでしっかりやり直したい」という思いで、改めて仕事を探し直しました。

 

新しい仕事との出会い。インドでの再スタート。

大角:現在はどんなお仕事をされているのですか。

 

佐野さん:今は、インド人向けの日本語の講座、新しい先生や生徒の募集に携わっています。日本語教材のインド出版記念イベントの企画をしたりしています。

 

大角:新しい仕事をスタートしてみてどうですか。

 

佐野さん:まだまだ社会人の経験が浅く、まずは社会人として一人前になりたいので、スキルをつけるのに必死です。必死さの中で、以前は自分を責めて過ぎていた気がしますが、今は周りへの感謝の気持ちが溢れています。

上司には、以前仕事で失敗をしてしまったとお話をしたら「前の経験があるから、いま、しっかり仕事ができているんだと思います。この会社に来てくれてありがとう」と声をかけてくれました。

インドでの就業は失敗からのスタートでしたが、無駄なことは何もなかったんだったなと、今はとても充実した気持ちです。

 

大角:今後のインドでの展望を教えてください。

 

佐野さん:将来はNPOで働く目標があるので、今のところでしっかりスキルを身に着けたら、海外の大学院で修士号を取りたいです。好きな開発学の分野を研究したいと思っています。

「国際協力の現場で活躍したい」という視点から考えると、若いうちからインドで働くことは経験値として良いと思いますが、私のように早く来すぎても、微妙かなと考える時もあります。

それは、日本人が海外で働く価値は「日本で学んできた基礎・専門性」にあるからです。日本で教育を受けて、しっかり日本の技術やビジネススキルを持って来ることも、すごく意味のあることです。インドに来たら、全てを自分で考えないといけません。日本で専門性をしっかり作ってから、海外に出ることも大事なステップだと感じています。

私はいまインドにいるので、インドで「これが私のスキルです」といえるものを身に着けたいです。そうでないと、これからは生き残っていけないと思います。

 

大角:すごくしっかりした考え方だと思います。インドに来て、よかったですか。

 

佐野さん:インドに来て、すごく良かったと思っています。

この国は、まだまだ貧富の差が激しく、貧しさを感じている人もいますが、それが不幸せなことではなく「明日もっと良くなりたい」という向上心を持って頑張ってる人もいます。そういう方々との関わりは、いまの私にとってすごく刺激になります。そういった気付きは、すごく貴重です。

 

日本人女性へのメッセージ

大角:はるかさん、今日はいろんなお話を聞かせてくれてありがとうございました。最後に、日本に住む日本人女性向けへのメッセージをもらえますか。

 

佐野さん:海外で働くということは、一見華やかに見えますが、見えないところで大変なことも多いです。メリット、デメリット、全て受け入れて「覚悟」を持ってきてほしいと思います。

私のインド就職は失敗からのスタートで、その経験から、スキルを持っていることの重要性をすごく感じました。日本でも、成長するためには様々な環境が整っています。自分だけの「スキル」を持って、力をつけてから海外に挑戦することを、私は勧めたいです。

もちろん、たくさんの日本人にもっと海外に来てほしいと思っています。ぜひ、自分の強みを生かして、海外就職に挑戦してほしいと思います。

 

大角:はるかさん、ありがとうございました。

 

編集後記

過去のMiraist Womanのインタビュー参加者の中で最年少の遥香さん。ついこの間まで大学生だったとは思えないくらい、考え方がしっかりしていました。インド就職のスタートは、決して順風満帆ではなく、営業時代のエピソードを聞いていて、本当に大変だったろうなと感じました。 海外就職=ゴールではなくスタートなので、誰もが華やかで楽しい海外生活を送れるわけではないでしょう。それがマイナスからのスタートだったとしても、新しい道を模索し、今を切り開いた遥香さんは本当に強い心の持ち主だなと思いました。

新しい環境で、次のステップにむけて頑張ってください!ご協力いただきありがとうございました。

 


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