「自ら挑戦する環境をつくりだそう」インドで働く 木村真帆さんインタビュー


みなさん、こんにちは。

Miraist Woman編集長の大角佳代です。

今回はMiraist Womanの第一回目のインタビュー記事です。インタビューをする私自身も初めての試みなので、少し緊張していますが、張り切っていきたいと思います。

今回登場していただくのは、木村真帆さん。

今回、Miraist Womanというメディアを立ち上げるにあたり経緯を説明したところ、インタビューを快く引き受けてくださいました。

長い黒髪が本当に綺麗です。インドに行ったら「日焼けして真っ黒になって、服もボロボロになる」といったイメージを話される方がたまにいますが、全然そんなことはありませんよ。

まほさんと私の出会いは、以前、シバンスというフリーペーパーマガジンの現地採用インタビューに出ていただいた時に初めてお会いしたのがきっかけ。

当時インドに来たばかりの私は、「インドで働いていると、インド人と日々交渉をしてたくましくなっていく」という勝手なイメージがあったのですが、

まほさんはとても優しい話し方で接し方が丁寧。日本の旅館でおもてなしを受けているような心地よさを感じました。

さっそくそんなまほさんに、これまでの生い立ちを振り返ってインタビューをしてみました。

 

幼少期はオーストラリアで過ごした

生まれは東京池袋。小さい頃は、お父さんが獣医をやっていた関係で、小学1年生から6年生までオーストラリア クイーンズランド州テキサスという田舎町で過ごしていたとのこと。

大角:子供の頃の一番思い出がたくさんできる時期に、まほさんはオーストラリアで過ごされたのですね。

木村さん:そうですね。オーストラリアはとにかくスポーツが盛んでした。体育の授業数は多かったです。その代わり、数学とかの授業数は少なかったので、日本と比べて2年位遅れているイメージでした。

そのため、日本の通信教育をオーストラリアで受講していました。当時は日本語を使う機会というのは母親との会話だけで、姉とも英語で会話していました。

都市だとあるのですが、田舎町だったので日本語学校もなかったです。

オーストラリア時代の写真も見せてもらいました。

大角:失礼な話を聞いてしまうかもしれませんが、当時いじめられたりすることはありませんでしたか。

 

木村さん:そうですね。最初小学1年生くらいのときは、日本語しか話せなかったので、いじめられるというか、からかわれることはありました。田舎町だったので、外国人も周りにおらず、珍しかったのだと思います。

例えば、お昼の時間におにぎりを食べていて「何を食べているんだ?」と聞かれたときのことです。

そこで私は「Rice」と答えたのですが、発音が悪く「Lice」と捉えられてしまい(Liceとは英語でシラミという意味)「お前シラミ食べているのか〜」とからかわれました。

 

大角:それはすごいエピソードですね。当時は大変だったと思いますが。

 

木村さん:そうですね。ですが、6年間も一緒に過ごす友達ですし、私もだんだん英語も話せるようになって仲良くなっていきました。

 

海外で幼少期を過ごすというのは、日本人にとって華やかで憧れる部分もありますが、子供なりに言語や文化の違いで苦労する部分ももちろんありますよね。

 

大角:子供のときの自分を一言でいうと、どんな子供でしたか?

 

木村さん:一言で言うと、天真爛漫な子でした。ストレスを感じず、田舎町なので裸足で道を歩いたりとかしていました。お父さんが獣医だったので、オーストラリアの牧場にいって遊んだりしていましたね。

 

大角:幼少期を海外で過ごしたことで、日本で過ごした日本人と「ここが違うな」と感じることはありますか?

 

木村さん海外に行くことに抵抗がないところは大きいと思います。周りに日本人がいないような環境に行っても全然怖くないですし、何もない環境に行ってもおじけずに、1から生活していくということも出来る気がします。

 

それは、オーストラリアで過ごした幼少期に田舎町で日本人は私だけという環境を過ごしてきたまほさんが得た、適応能力だといえると思います。

 

中学時代に日本へ帰国 日本習慣とのギャップも

カフェのラウンジにてインタビューをさせていただきました!

木村さん:中学高校は日本で過ごしました。

オーストラリアから中学受験をしたのですが、その学校は帰国子女枠を設けており、実はあまり日本語が話せない子が選ばれる仕組みになっていたのです。教育による語学の結果が出やすいからです。

当時の私は、幼少期を英語で過ごしたため、日本語があまり話せませんでした。最初の1年間は帰国子女枠としてクラスがわけられるのですが、2年目からは皆と同じクラスになりました。

しかし、先程話した通り、全体的にオーストラリアの教育は遅れていますし、日本語も流暢ではないので「皆にはかなわない」という劣等感を感じて、引っ込み思案になってしまいました。

 

大角:海外と日本の文化や生活を体験するということは、大変な部分も多いですよね。特に思春期はいろいろ多感な時期ですし、日本の様式を理解し合わせていくことにさまざま苦労があったかと思います。

 

木村さん:日本の文化についていけないところは正直ありました。何もかもがカチッとした生活が自分には合いませんでした。

高校を卒業したら、私は大学に行くつもりはありませんでした。昔育ったオーストラリアに戻って生活をしようと思ったのです。その頃、まだ父はオーストラリアにいました。

卒業して、日本とオーストラリアを行ったり来たりする時期もあったのですが、オーストラリアに戻るためには、語学力が少し足りないことに気づきました。

幼少期の6年しかいなかったので、完璧な英語ではありませんでした。当時、3歳上の姉がいて、青山学院大学に通って英語を勉強していました。その影響もあり、大学に入ってしっかり英語を勉強しようと考え、皆より2年遅れで青山学院大学に入学したのです。

 

「人生の夏休み」とも言われる、好きなことに果敢に挑戦できる大切な大学時代。日本とオーストラリアのギャップを感じながら育ったまほさんは、青山学院大学でどんな大学生活を送ったのでしょうか。

 

木村さん:大学時代は部活動を頑張っていました。所属していたのは手話部です。

当時、英米文学科に所属していたので、日本人以外の人とコミュニケーションを取る手段を学ぼうと思ったのですが、国内でもコミュニケーションを取れない人がいるのだということに気づいたのです。

元々オーストラリアで働くために頑張ろうと思っていた大学時代ですが「海外に目を向けるのも大事だけど、国内に目を向けて言語を学ぶことも大切だな」と感じたのです。

 

大角:私も大学時代部活に所属していましたが、大学の部活ってとても本格的ですよね。

 

木村さん:そうですね。手話検定に向けて、勉強会や合宿を行うこともありました。時間はかかりますが、身体を使うものだから身体に動きが染み付いて面白かったです。実際に手話で交流も出来るようになりました。社会人の方も所属していたのは、いろいろ勉強にもなりました。

ろう者の方々は感情の表現を素直に出す方が多いです。感情表現にも強弱があって、皆積極的に気持ちを伝えてくれました。

 

大角コミュニケーションを取るということは本当に大切ですよね。言語や手話、いろいろな形がありますが、人と人の感情の意思疎通とは、実はシンプルなのかもしれませんね。大学時代は楽しかったですか?

 

木村さん:高校までは勉強がコンプレックスだったのですが、大学時代は部活や好きな英語の勉強もできたので、すごく楽しかったです。いろいろな人との出会いもありました。

 

大角:どんな人との出会いが一番印象的でしたか?

 

木村さん:10歳位年上で、社会人の部活の先輩が一番印象に残っています。仕事もあり忙しいはずなのに、部活の部長も勤めていました。手話がとても上手で、ろう者の気持ちもよく分かる方でした。

そんな先輩が当時「海外の日本人学校で先生になる」と言ってマレーシアに渡航されたのです。

私が海外で働こうと思っていたのはオーストラリアの父の影響でしたが、初めて父以外で海外で働く方に出会ったのです。しかも女性でです。

私は自分のやりたいことを実践に移す先輩が、すごくかっこいいと思いました。

学生時代に自分のお手本となるような人と出会えるかは凄く重要です。私にとって先輩はそんな存在だったのです。

英語を使ってのキャリア構築 東京での社会人時代

大角:社会人になってからはどんな生活を過ごしていましたか?

 

木村さん:もともと海外で働くために英語を勉強していたのですが、もう少しお金を貯めたかったので、そのまま日本で働きました。

大学生時代からウェスティン東京の日本食レストランで働いていたのですが、卒業の時期にホテル側から「そのまま就職試験を受けてみない?」と言われ、無事内定をいただき就職することになったのです。ここは外国人のお客様が多く、英語を使う環境でした。

ウェスティンはレストラン部、宿泊部に分かれているのですが、1年位現場をやってから、ちょうどレストラン部のトップの秘書の席が空いて。ご縁をいただき、オーストラリア人の秘書として働くことになりました。たまたま英語が話せたので声がかかったのです。

 

大角:組織のトップの秘書。とても重要な役割ですね。働いてみてどうでしたか?

 

木村さん:現場でもたくさんの海外のお客様と触れ、英語を使う機会は多かったのですが、外国人上司、しかも縁のあるオーストラリア人と毎日の英語での仕事は、とてもやりがいがあると感じましたね。

 

大角:なかなかお忙しいお仕事なのかなとも思いますが、ストレスはなかったのですか?

 

木村さん:ホテルは24時間あいていますし、働く時間は長かったです。外資系なので、いろんな時間帯で海外とのやり取りがありました。また、レストランのスタッフは複数いますが、秘書は私一人しかいなかったので、休めば仕事が溜まっていく状況。

それは大変でしたが「自分にしかできない」というやりがいは強く感じました。

 

大角:私は日本で働いていた時、自分が忙しくなって同世代の友達と遊べない時期があり、少しストレスを感じました。まほさんにはそういうことはありましたか?

 

木村さん:ホテルは時間が不規則で、シフト制なので、いわゆる同世代の子と飲みに行ったりするような付き合いはあまりありませんでした。

でも、そういう状況にも慣れていました。オーストラリア時代も学年を調整していましたし、大学時代は一般的な年齢から2歳遅れて入学しました。友達も、年上、年下関係なくいましたし、いま大切にしている友達も年齢は違います。

年上の方からは経験を教えてもらい、若い友達からは若さをもらえ、友情には年齢は関係ありません。

Westion Tokyo時代 本当にとても充実した環境だったと話す。

 

インドへのきっかけ

とても充実した社会人生活を送っていたまほさん。目標にしていた英語を使ってのお仕事もでき、秘書を通じやりがいも成長も感じられていた様子。そんな中で、いつインドへ来るきっかけがあったのでしょうか。

木村さん:秘書は約4年半続けました。最初の頃は秘書のしごとが楽しくて、目標もたてて頑張っていたのですが、30歳になって「私は海外でもできるんじゃないか」と自信がついてきたのです。

海外のことが頭に浮かんだのは、やはり父と大学時代の手話部の先輩の影響が大きいです。

どこの国で働こうかな?と考えた時に、ホテルの同僚にいたインド人の子が浮かんできました。

インド人の前向きさ。異国にいるのに日本流にハマりながらも前向きに頑張る姿を本当に尊敬していました。それで何気なくインドの仕事を調べていたのです。

実は当時から付き合っている方がいて、その彼の出身がバングラディシュだったのです。彼らからしたら全然違うとは思うのですが、インドとバングラディシュは近い国だったので、彼が育った環境を見てみたいという気持ちもありました。

実際にインドのエージェントを使い、いくつか現地の仕事を紹介してもらいました。何社か面接をしたのですが、私が勤めることになる積水化学では、能力テストがあり、面接も3回あったので、私のことをしっかり見てくださっているのだと感じ、最終的に選びました。

インド就職に対する周囲からの反応

大角:まほさんはインドで就職することに対する不安はありませんでしたか?

 

木村さん:私自身は不安なことはありませんでした。彼からよくいろいろな話を聞いていたので。ただ、両親に説明したらさすがに「インド」は出てくると思っていなかったらしく「どうしてインドなの?」と聞かれることはありました。

ちょうどその時期、日本のメディアでインドのネガティブなニュースが流れていたので、最後まで母親はOKを出しませんでした。

ただ、父親は「今選択できることを選択するべきだよ」と背中を押してくれたので、実際に就職することができました。

インドに着いてからは毎日母親から電話が来ていました。日系企業なので条件がしっかりしていることや、しっかり安全にやっていることを伝え続けていたら、徐々に安心してくれるようになりました。

私は家族の心配してくれる気持ちもわかるから、家族にはきちんとインドのことを伝えるようにしています。インドに来てから家族LINEのグループを作って、インドの写真を毎日送っていました。お母さんも半年から1年間位はやっぱり心配くれていたみたいだったので。

バングラディシュ人の彼との遠距離恋愛

大角:まほさんがインドに就職したら、日本に住むバングラディシュ人の彼とは遠距離恋愛になってしまいますね。海外就職において、遠距離恋愛はひとつ大きなテーマだと思います。まほさんは彼と距離的に離れてしまうことに、不安はなかったのでしょうか。

 

木村さん:彼とは本当に仲がいいので当時から「大丈夫だ」と確信していました。先程も言いましたが、彼が育った環境も一度見てみたかったのです。

彼は日本で働きながら自分のビジネスをしていて、私もインドで働いてみようという気持ちになりました。インドに来て自分も一から働けたなら、なにかあっても彼を支えられると思ったからです。

 

大角:離れるのは寂しくなかったですか?

 

木村さん:「離れても大丈夫だ」と強く思っていました。今の時代はラインやFacebookなど、いくらでも連絡をとる方法はあるから。

 

大角:実際にいま、遠距離恋愛をしてみてどうですか?

 

木村さん:文化的なこともありますが、彼は毎日連絡をとってくれる方だったので、あまり離れている感じはしませんでした。日本の飲み会の文化もよく理解してくれていて、夜が遅くなることもわかってくれていますが、なるべく彼と連絡を取るために8時以降は家にいるようにしています。

会社からは年に1回の一時帰国の航空チケットが支給されます(*インドの場合、福利厚生で一時帰国の制度が含まれる場合が多い)

それと出張、自分での帰国を含め、3〜4ヶ月に1回は帰国して会うことができます。それは仕事のモチベーションにもつながりますね。

 

実際にインドで働いてみて感じたこと

大角:実際にインドでの就業はどうでしたか?

 

木村さん:初めはインド人と日本本社、日系のお客様との架け橋になる仕事と聞いていました。でもインドに来て「営業をやってみない?」と聞かれ、自分の勉強のためにもやってみることにしました。

実際、会社で取り扱っている製品がインフラ関係の材料が多く、全然知らないものばかりでした。それを覚えていくのは大変でしたが、少しずつできるようになることには成長を感じました。

 

大角:部品や材料名を覚えるのは少し大変ですよね。ちょっと気持ちがわかります。

 

木村さん:最初は「私で大丈夫かな?」と不安になることもありましたが、知っていくうちにどんどん世界が広がるのを感じました。

日本だったら出会うことのできなかった業界の方々とも出会うことができて、やってみてよかったなと感じました。

インドの市場自体は、新聞などでは凄く勢いを感じますが、ビジネスとしては少しずつ成長しているのかなというのが正直な印象です。インドも少しずつプライスからクオリティ重視にかわってきており、これからどんどん拡大していくのではないでしょうか。

 

大角:インドでの休みの日はどんな生活を送っていますか?

 

木村さん:休日は体調を崩さないように家でゆっくりしていることが多いかな。旅行はあまりしていません。家かデリー近郊。外はどうしてもホコリが多いので、家でゆっくり家事をしています。

日本にいる読者にメッセージ

大角:まほさん、もしいま目の前に海外就職に悩む日本人女性がいたと仮定して、なにかメッセージをいただけないでしょうか。

 

木村さん:私がインドに来ようと思ったのは「直感」です。「いまを逃したら一生できなくなるかも」と思いました。同じことを感じているのなら、やってみることがおすすめです。

私は小さい頃から英語の環境にいた、ということもありますが、日本にずっといらっしゃる方は、海外に出ることを躊躇するかもしれません。知らない世界に行って、どういう生活をするのか怖い、という気持ちもあるかもしれません。

ですが、私もなにもわからない状態で新しい環境に身をおいても、なんとかなってきたので「海外に行ったことがないから」とか「英語が話せないから」と、障害になっていることで諦める必要はありません。

私は人見知りな部分があり、なかなか人と関わることが苦手だったので、自ら「人と付き合う状況を作る」ということを心がけていました。「引っ込み思案だから人と関われない」のではなく、それをやらないといけない状況に無理やり持っていけば自然と自分を変えられます。

何事もやってみることが大切です。

 

大角自らやらなきゃいけない状況を作る、とても大切なことですよね。

 

木村さん:私はインドでたくさんの日本人と出会うことができました。本当に運が良かったなと思います。イマの生活、インド人との関わりだけでも楽しいですが、同じ環境で頑張っている日本人を知るのもとても楽しいです。ぜひ皆さんも海外で活躍する人になってください。応援しております。

 

大角:まほさん、ありがとうございました!(完)

 

編集後記

インタビューをした時期はちょうどクリスマスシーズンで、ロビーには大きなクリスマスツリーが。撮影はすべてインターンのひろちゃんとHarshが担当してくださいました。とても感謝です!

昔から天真爛漫に育ったというまほさんは、進路選択においてシンプルに考え、自分のやりたい道に正直に進んでいるイメージがありました。深く考えすぎたり、選択肢を持ちすぎることより、自分が一番大切にしている思いに従って行動している印象でした。

2時間程度のインタビューでしたが、インタビュー後半に行くにつれて「緊張してきた」と話すまほさん。そんな中でも、まほさんが話す言葉ひとつひとつに強い意思を感じられましたし、メッセージ性の強いものだったと思います。

まほさん、第一回ゲスト、本当にありがとうございました!

 


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